いきなりですが、本編は服部平次氏と工藤新一氏が恋人同士で
同居していることを前提に イメージしています。
なぜそうなるのか理解できない方には、スクロールを中止して
お戻りになることをお勧めします。
ひたすらのほほんな会話ですので、大して害はないですが^^;
| 最上級のＣａｎｎａｎ |
「帰ったでー」
そんな陽気な声が工藤邸に響き渡ったのは、まだその日のうちだった。
「おかえり、早かったな？いつも木曜は１１時ころじゃねー？」
「ん、道すいててん」スニーカーを律儀に玄関口に揃えなおした平次は、キッチンから首だけ突き出して迎えた家主にあわてて顔をあげた。「あれ、工藤こそどうしたん。気ぃつかんかったけど、なんでおるん。こない早い日やなかったやろ？」
「あー、言ってなかったっけか？バイト、終わったの。次はまだ探してねぇんだ。そろそろ読みたい本も溜まってたから丁度いいかなと思って」
「そっか、休暇、やな」
にこっと平次が笑うのにつられたように、新一も笑った。
「そういうこと。すぐ風呂入るか？紅茶入れようと思って降りてきたんだけど」
「お相伴にアズカリマス」
こきこきと肩を動かす平次をもう一度見やり、新一はキッチンへ戻った。
恋人と同棲（うーん…なんだか躊躇いがあるかな、このフレーズには。パートナーと生活をシェアしてる、というのはどうだろう？横文字にしただけか？要再検討）しているわりには、自宅で顔を合わせる機会は必要最低限になっている。なにしろ、どんなに二人が名探偵でも、頭脳明晰でも、悲しいかな人間という生き物の能力には限界があり、２４時間は２４時間だし、１週間は７日しかないからだ。隣家の知人は同じ大学に進学していたが、学内で新一達を捕まえることは早々に放棄した。大学の講義は興味の赴くままに選択し必要単位数なんて軽くオーバーしていたが、レベルと内容で出席する・しないはまちまちだった。そろって良家のご子息のくせに精を出すバイトは、社会勉強のため、が第一目的だったから、ある程度様子が見えると次々と取り替えた。もっとも、これはいつ事件で呼び出しをくらうかわからないので、あまり当てにされるようになっても困る、という気遣いもあるのだが。
暖めたカップを持って、リビングに新一が戻ると、平次がねそべっていたソファから起きあがった。
「疲れたか？」
「アホ、図書館の夜間開館用アルバイトやで？そんなわけあるかい」
「昼間、バイク便も入ってたろ。あれは長いな」
「東京の地理、頭に入れるンに丁度ええし、いろんな会社のぞけるやん」
ティーポットから新一が紅茶を注ぐ。
「博士から林檎のおすそ分けもらったから、アップル・ティーだぜ」
カップを受け取って、平次はにやっと笑った。
「工藤のバイト、終わって良かったわ」
「あ？」
「ここんとこ、工藤、ガソリンの匂い染み付きそうやったから」
「あっ、そうだよな。手渡ししないほうがよかったか？」新一は慌てて自分の指を鼻の下に持っていく。「仕方ねーだろ、スタンド閉鎖するってんでバイトが次々に抜けちまうから、俺が…」言いかけた新一は、相手がまだにやけた顔をしているのに気づく。どうやら"今の""指の"匂いのことではなかったらしい。「ってめ、何考えてんだよっ」
「なぁーんも」少し紅潮した新一の顔をちらっと眺め、平次は平然とカップの湯気を吸い込んで見せた。「あー、ええ香りや」
「バーロ…」
予定外ののんびりした秋の夜長を楽しもうとソファに腰を落としかけた新一だったが、予定変更っ、とばかりにローテーブルに伏せていたハードカバーをわしづかみにして部屋を出て行こうとする。
「なぁ、工藤…」
その背に、止めるでもなく、平次が楽しそうに声をかけた。
「ああ！？」
険のある声にもひるまない。そんなものにめげていたら、この恋人との穏やかな時間は確保できやしないから、慣れたものだ。
「土曜か、２３日、時間ないか？」
「？」
新一は優秀な頭脳で多忙なスケジュール表を繰る。日曜にはバイトを入れない、というのが二人の間での約束なので、それ以外の日のデート（！これも要検討な単語だ。まぁかのアン・シャーリーも女友達との外出に使っていたから、優先順位は低くていいだろう。なんでそんなことまで知っているのかって？名探偵はどんなことでも知ってるものだぜ？）の誘いをかけることは原則としてないから、何があるのか、どことなく期待してしまう。
「土曜の午後は空いてる、今のところ。何だよ？」
「浅草、行かへん？」
「？？？」
「酉の市のポスター見たんや。なんや覗いてみたくなってん」
「ああ、一の酉か。２３日が二の酉なんだな、今年は」
「せや」
嬉しそうな平次に、ソファまで自然に戻ってしまった。
「お前、好きだよなー」
新一はつくづく平次を眺めた。どちらかと言うと洋モノ趣味な新一に苦もなく話をあわせてくるくせに、平次は日本の習慣・風物にも関心が高い。新一には真似できないところの一つだ。
「そか？ニュースとかでも良くやってるやん、近くにいるんなら一度行ってみたい、いうんは自然やと思うけどな？」
「んー…それはそうだろうけど」
「それに…今は東京も俺の街やし」
「なんだよ、それ」
新一は、平次の言葉にぽけっと相手を見返した。
「工藤と生きてるこの街のこと、もっともっと知りたい、思うんは変か？」
「…俺、紅茶にブランデー垂らした覚えねぇけど」
ややあって単調に言われた新一の言葉に、平次は、目をぱちくりさせて、それからひょいと顔を寄せると唇をかすめとった。
「なっ…」
「酔って無いと言えないような台詞て、思ってくれたんやろ？」
「…」
己の不覚さに脱力してしまった新一に、平次はからからと笑う。
あー喉が乾いた、とうそぶいて、ティー・コゼをはずし、残った紅茶を新一と自分のカップに注いだ。
「…それなら、大阪、今度の冬は俺も連れて行けよ。俺だって、服部が生きてきた街のこと、もっと知りたい。お前の口から知らない街のこと聞くの、ちょっとムカツク」
「おわっ、偶には早く帰ってみるもんやなー、工藤がそないなこと言うてくれるなんて、奇跡つづきやん」
「失礼なヤツ…」
平次は、ポットの蓋をあげて、お、ホンマに林檎や、などと独り言。あたたまってしまっている林檎の輪切りを拾い上げ、かじっている姿が、何に幸せそうなのかわからなくなり、新一は少し悔しくなる。
「ホント、お前、何度も俺のこと大阪に呼びつけたけど、事件続きでロクな観光してないよなー」
「呼びつけたってなんや、人聞きの悪い。大事な人には、自分の大事なもの、わかって欲しいやん？」
「…お前、俺達を大阪へ呼んだとき、そんなこと考えてたのかよ」
「どうやろ？」
本気で考え込むから可笑しくなった。
「俺は、親父が守ってる街や！みたいな気分がガキん頃からあったからなー、単に自慢したかっただけやいう気もするけど…もし、あの頃から工藤のこと（コナンくん、か？）そう意識してたんやったら、自分のこと、誉めてやりたいわ」
「勝手に誉めてろ」
いじわるのつもりで平次のカップを取り上げて飲み干すと、まったく動じもせずに、平次は新一のカップから半分を自分の方に取り分けた。そして、ふと思い出したように、首を小さくかしげる。
「工藤にもあるやろ、そういうトコ。ホントの自分に戻れる、無理せんでも呼吸が出来るなー、いう場所。…毛利のおっちゃんの事務所、なんて言わんといて？」
効果が無かったいやがらせの第２弾として用意しかけた言葉を先にいわれ、慌てて頭を絞る。
「…ハワイの別荘」
「はぁ？」
「あ、マジだぜ。ロスの家は俺にとっては旅行先って感じ。親父達はもう近所付き合いもあるから…なんか疎外感あって馴染めないんだよなー。その点、別荘の方はさ、親父も大体締め切り片付けて行くから家族サービスしてくれてたし、ハワイ島にあるから比較的日本人少ないんで母さんもサングラスなしで歩けたし、さ」
「…ええけど…なんかそれって"思い出"と違うか？…工藤サン？」
「…」
長考の構えに入った新一に、平次はため息をついた。せっかく甘いムードになっていたのに、どうしたはずみか探偵新一の頭脳のスイッチに触れてしまったらしい。“たった一つの答え”を見つけるまでは、自分のところに戻ってきてくれそうに無い。
（まぁええか、デートの約束は取り付けたんやし）
それに、思いがけず"少年"の声を聞いた。
本人は気づいていないが。
平次は、新一の黒髪にそっと手を差し込んで梳く。
「なぁ、そんなん考え込むンは、ソレと違うで？」
「うるせ」
新一はそっぽを向くと、ソファの上に長い足を引き込み、平次の肩にドンと背中を預けた格好に座りなおした。
自分が自分でいられる場所。
その空気の中だと気取りもてらいも忘れて振舞ってしまう場所。
思わず他人に自慢したくなる大切な場所。
辛いときに真っ先に思い出す場所。
変わって欲しくない、暖かな場所。
思い出す様様なものの中でひときわ輝いて、間違えようの無い場所。
そんな連想ゲームの中、直線距離でたどり着いた"場所"が、"服部平次の腕の中"だったとはとてもじゃないけど言えないから（何が起こるか想像がつくから、想像したくもないっ。ふん、第一、自分がわかってりゃいいんだ、こういうのは）。
鷲神社の参道の人ごみの中をはぐれないで歩くのはホネだから、男同士で手をつないでいてもおかしくないし、そもそも誰も気づかないだろう。コイツは絶対に熊手売りの屋台で話し掛けずにいないだろうし、それを自分は苦笑しながら眺めているだろう。売り子はそんな自分に気づいて平次を口説くネタに使おうとするだろうが、コイツはそれに気づくと慌てて話を切り上げようとするだろう。歩行者天国の屋台で大阪焼きでも食べて、ひとくさりコイツのＢ級グルメの薀蓄を聞くのもいい。
うん、これは…やっぱり間違い無くデートだな。
くすっと笑った新一の体を囲い込むように、平次が腕をまわす。触れるか触れないかのゆるやかさで。
「おーい、一人で楽しまんといて」
「お前がいるから笑ってんの」
一人で楽しんで笑えるわけないだろう。"その場所"であるこの腕の中たどりついた俺だから、笑えるんだぜ？
本日３度目のキメ台詞に、平次が今度こそ絶句した。
２０００．一の酉の日に
（おわり）
あとがき
職場に向かう駅のポスターで行事を知り、職場へ歩きながら暖めました。
Cａｎｎａｎ（カナン）とはキリスト教でいう"約束の地"のことです。
改めて調べたら必ずしも良い意味だけじゃないし、
酉の市とはミスマッチで、迷いましたが時間が無かったので強行突破。
書き上げた「平新」初ものです。ご指導、お待ちしていますm(__)m
（もう一つ蛇足。アン・シャーリーとは『赤毛のアン』の名前です）